2019年10月30日、本会の10月31日付の新着情報でも紹介したとおり、デンマーク政府エネルギー庁(DEA:Danish Energy Agency)は、約147kmに及ぶノルド・ストリーム2(Nord Stream 2)のデンマークEEZ内への敷設を許可する旨、発表した。このデンマーク政府による海底パイプラインの敷設作業承認により、今週にも、同国EEZ内での海底パイプラインの敷設作業が開始される見通しだ。これまでの敷設作業の実績から、1日あたり約3~最大5km程度の敷設が可能であるため、フル稼働すれば、本年12月中旬にも敷設作業を完了させられると見られる。こうした状況について、いわゆる西側メディアは、本件が欧州のエネルギー安全保障に大きく影響するであろうことを報道し、米国やウクライナ等の「懸念」を伝えている。

表面上、日本にとっては対岸のことのように見えるが、他方で、筆者が実現を期待している日ロ間のパイプライン敷設計画に関連づけると、日ロ間のパイプライン計画の実現に一つの可能性を示したと見ることもできる。とはいえ、我が国のような島国が、他国と物理的につながることに、同じように安全保障上の懸念を覚えるとした意見が聞かれることも事実だ。

今回のコラムでは、「他国と物理的につながる」という点に焦点をあててみたい。

前提として

事例としてのノルド・ストリーム2を見る上で、ロシア・ウクライナ間の問題は避けて通れない事柄である。元 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 調査部 主席研究員の本村 真澄 氏 が、いわゆるウクライナ問題について解説されているので、両国の天然ガスをめぐるやり取りについては以下を参照されたい。

※ 以下、いずれも外部リンク

我が国の立場は、クリミア自治共和国及びセヴァストーポリ特別市のロシア連邦への編入を認めておらず、このことに関連し、欧米と協調して対ロ経済制裁を今現在も実行中である。とはいえ、とかく政治は経済を使い、経済もまた政治を使うものである。個人・集団の思惑がプロパガンダを生み、「親◯◯/ 反◯◯」といったレッテルを軽々しくはるような柔らかいプロパガンダ~より強固なプロパガンダが日々飛び交うことで、虚と実が様々な形で混ざり合う。ノルド・ストリーム2を取り巻く状況は、歴史的な背景まで含めると実に複雑であるため、ロシア側の問題点にばかり目をむけるのではなく、ウクライナ国内における、ステパン・バンデラ(Степан Андрійович Бандера)を信奉する民族主義的な動き(バンデラ主義)や、それを利用して東方拡大を進めようとする欧米の動きの外、工業都市が集まっているウクライナ東部~南東部において、工業生産のために安定的かつ廉価なエネルギーを必要とする現実的な状況がある点なども併せて見ておく必要があるだろう。

また、パイプラインで直接つながる当のドイツはどうか。

2011年11月に稼働を開始した『ノルド・ストリーム』に次いで、新たに『ノルド・ストリーム2』を建設し、2019年中に2つ目のパイプラインプロジェクトをもって、再度、ドイツ・ロシア間を物理的につなごうとしている。原子力発電から離れる決断をしたドイツは、再生可能エネルギーの導入を進めたが、2018年、再生可能エネルギーでは、全電力需要の35%しか賄うことができなかった。再生可能エネルギーはまだ発展途上のものである。将来的には全電力の100%を賄う時代も来るのだろうが、ゼロ・エミッションを掲げながらこれまでどおり産業を動かし続ける中においては、天然ガスのような比較的環境に負担の少ない化石燃料に頼らざるを得ない状況が暫く続く。こうしたことから、ドイツの電力や天然ガスの輸入は避けられない。追い打ちをかけているのは、例えばオランダの石炭焚き火力発電所の閉鎖や、2022年に前倒しされたフローニンゲンの天然ガス田の利用停止(天然ガスの採掘により、人工的な地震が頻発し、地域住民の不安材料となっていた)など、ドイツの鉱工業生産にとってマイナス要素となる事柄が起こっている点があげられる。つまり、ドイツには安定的かつ廉価な天然ガスを必要とする明確な理由があるのだ。

ウクライナが反対する理由

ウクライナがノルド・ストリーム2に反対する理由は、ざっくり分けると、経済と政治の2つに分けられるが、ここでは経済面の理由のみの考察としたい。

経済:ガスの通過料収入の喪失

実にわかりやすい理由であるが、ロシアからウクライナを経由して欧州へと天然ガスが運ばれる際、ガスがウクライナを通れば、ウクライナはガスの通過量に応じた通過料収入を得ることができる。その額は約30億US$/年、同国GDPの2%に相当する金額と見られている。

ドイツ・ロシア間にパイプラインを通す新規投資の計画が現実に実行されることで、これまで政治的・経済的な取引に使えていた「支払いができないから、天然ガスも通せない(だからなんとかしてほしい)」という後ろ向きな交渉材料を失いつつあった。それどころか、当てにしている通過料収入が、どの程度かは不明瞭ながら失われる可能性すらでてきた。これが、ウクライナがノルド・ストリーム2の建設に強硬に反対してきた最大の理由と考えられる。

本年、ウクライナは、露・ガスプロム(Gazprom)との間で、天然ガスが同国を通る旨の契約を更新しなければならないが、2014年~現在に至るまで、ことさら険悪になっている両国関係から、同契約を更新できないままでいる。ロシアサイドからの投げかけは暗喩的なものも含め幾度となくあるが、アメリカやカナダ等がバックにいることもあってか、形上、ウクライナは「折れる選択」すらできない状況なのかもしれない。

結果、ウクライナは通過料収入の多くを失ってしまうかもしれない。2019年末には、ノルド・ストリーム2に加え、トルコ・ロシア間をむすぶトルコ・ストリームも稼働する予定であり、欧州とのガス取引にウクライナを通さなくても良い環境が粛々と整いつつある。ウクライナがどのように上げ続けている拳を下ろすのかが注目される。

日ロ間のパイプライン

翻って、日ロ間のパイプラインの話である。(日ロ間のパイプライン計画自体については、別のページにまとめてあるのでそちらを参照していただきたい)
>>> 日ロ間のパイプラインプロジェクトを考える

日本は周囲を海で囲まれた島国である。そのためか、他国と物理的につながることに不安を感じる人もいるようである。中には、インターネットで見られる話だが、「天然ガスのパイプラインをつなぐと、ロシアから毒ガスが送られてくる」といった極端なものまである。

この「毒ガス」について言えば、「何かあれば、ロシアはガスの元栓を閉めるぞ」の話の逆で、仮にそうしたことが起これば、日本側のガスパイプラインの栓を閉めれば簡単に解決することであって、それほど難しい話ではない。また、補完的な話だが、墺・OMVを例にとると、過去50年の取引の中で毒ガスに類されるものが流れた実績はない。本来であれば、そうした好ましくないことが起こらないように外交(や公安・防諜)が存在するのであって、国民の意識としては、そうした外交が行われている中で、偏りのある情報に流されないよう意識することのほうが重要である。

しかしながら、パイプラインではないが、我が国はすでに他国と物理的につながっており、しかもその歴史は150年近くのものである点を再確認されたい。1871年、日本で最初の他国との物理的接続は、デンマークの大北電信会社により、長崎・上海間と長崎・ウラジオストク間に海底ケーブルを敷設されることで実現した。江戸時代が終わって間もなく、明治初期の話である。

つまり、日本はすでにロシアと物理的につながった実績があるということである。

今現在はどうか。NTT・KDDIともに、ロシアにそれぞれパートナーを持って海底光ケーブルを敷設し、現に運用中である。安全保障の面でいえば、インターネットを介してもたらされる物事のほうが、パイプラインを通じてもたらされるものよりもはるかに大きな影響があることは疑いの余地もなかろうし、ロシアのみではなく、アメリカや中国、遠く欧州ともケーブルでつながる現状を鑑みれば、天然ガスパイプラインの接続それ自体は、我が国の安全保障にとって良い点は数あれど、インターネット以上には、悪材料とはなりえないと考えられる。

まとめ

A地点からB地点を結ぶパイプラインの性質上、その間に複数国がまたがるのであれば、ウクライナの事例でも見られる通り、例えばガスプロム(Gazprom)が抱える他国の顧客を巻き込むことになるため、経済的にも政治的にも何らかの交渉材料にはなり得るのかもしれない。しかしながら、結果的に負ったウクライナの喪失が示すとおり、パイプラインを政治的に利用し、且つ、失敗した事例を検証すると、改めてパイプラインが政治利用に向かないインフラであることが理解できる。特に、日露天然ガスパイプラインプロジェクトの、両国間に他国をはさんでガス輸送が行われるわけではないという要素や、すでにLNGのインフラが整備され、世界中からLNGを購入する日本の状況を考えれば、パイプラインの閉栓やロシア単独でのガス価格の釣り上げ等が我が国との政治的な交渉材料になりづらいことは明らかである。こうしたことから、日ロ間に天然ガスパイプラインを敷設し、両国を物理的につなぐとした日露天然ガスパイプラインプロジェクトは、安全保障の面において心配が少ない案件であると言えるだろう。

日本での実現が待たれる。