2019.03. 文:梶本 雄大 | 一般社団法人 四国天然ガス普及協会
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、深刻な被害をもたらした福島第一原子力発電所の事故を受け、これまで原子力による発電にウエイトをおいてきたわが国のエネルギー政策は根本から見直される必要に迫られた。現状においては、わが国経済への影響もあり、稼働停止後に再稼働されることとなった原子力発電所もあるが、原子力に代わる次世代エネルギーの供給方法が確立されるまで、その利用を減少させていく現実的な方法が模索されている。
こうした状況の中、廃炉もしくは稼働再開のめどの立たない原子力発電所に代わる補完機能として、化石燃料中もっともクリーンで、かつ、石油よりも可採年数が長いとみられている天然ガスの利用と普及の拡大を目指す動きが、国内外を問わずみられるようになってきている。わが国におけるそうした動きの代表的なものの一つが、サハリン-首都圏を天然ガスパイプラインでつなげるとした『日露天然ガスパイプラインプロジェクト』である。
ここでは、インターネット上で見つかる範囲内の、確度が高いと思われる情報を参考に、日露天然ガスパイプラインプロジェクトについて考える。
『日露天然ガスパイプラインプロジェクト』とは
『日露天然ガスパイプラインプロジェクト』とは、ロシアで産出された天然ガスを、パイプラインを使ってサハリン~宗谷海峡経由で日本に輸送するというものである。
参照:日本パイプライン、コメルサント
総延長距離
約1500キロ
ガスの年間輸送量
約200~250億立米
建設費用
約7000億円
資金源
国内外の民間企業・金融機関からの資金調達による
ガスの供給源
サハリン-3 など
建設期間
着工から5年以内、宗谷海峡間に関しては着工から半年以内
パイプラインのルートについて
日ロ間をむすぶ天然ガスのパイプラインについては複数の推進主体が存在すると見られ、それぞれ提唱するパイプラインの敷設ルートが異なる。主に見られるのは、以下の3ルートである。
ルート1:太平洋&日本海
露・サハリン北東沖で採掘した天然ガスを、宗谷海峡~北海道北西沖を通って南下、一度陸上にあげて縦貫、津軽海峡東側で二股に分け、(1)津軽海峡経由で東北西部沖を通って新潟までつなぐルートと、(2)太平洋を通って首都圏までつなぐルートの2つを掲げたパイプライン敷設プロジェクトである。米・エクソンモービルやSODECO(伊藤忠商事、丸紅等が出資)などが検討していた。(2003年9月 読売新聞 報道)
同プロジェクトは海底パイプラインで首都圏など東日本に輸出する方向で、東京電力などに水面下で購入が働きかけられていた。しかしながら、北海道・東北周辺海域での漁業との兼ね合いや、2011年に発生した地震の震源地との距離感などから、今のところ、日ロ間をつなぐパイプライン敷設プロジェクトとしては、やや置き忘れられた感が否めない。
ルート2:日本海横断
露・ウラジオストクと、ガス貯蔵施設など天然ガスに関連した施設がある新潟県を海底パイプラインで直接つなぐとしたパイプライン敷設プロジェクト。
2013年9月、新潟県の泉田裕彦元知事時代に発案され、「日本海横断パイプライン構想」としてその実現可能性を調査研究することとなり、公益財団法人 環日本海経済研究所(新潟市)がその調査を受託、実施した。
直線距離で約900キロメートル、建設費用は3000~5000億円と見込まれ、日ロ間のパイプラインルートの一つとして実現を期待されているが、最大水深が3000メートル以上ある日本海を通るうえで、設置・運用・補修などを行う技術的な課題がある。
ルート3:北海道・本州縦貫
本会で言及する日ロ間の天然ガスパイプライン敷設プロジェクトは、基本的には当ルートのことを指す。ルートそのものは、前項の日本地図のとおりである。日本側の推進主体は日本パイプライン株式会社である。
当ルートの実現可能性が高い理由として、サハリン-北海道間にある宗谷海峡の水深が30~70メートルと浅いこと、海峡の幅が約42キロメートルと陸地間距離が短いこと、海峡部では漁業権設定のされていない水域を通ることなどが挙げられる。陸上部は幹線道路・高速道路に沿って敷設される可能性が高いことから、国の許諾さえあれば、土地収用をほぼすることなく敷設可能と見られる。
また、東北地方太平洋沖地震で被害のあった地域をメインに通ることから、太平洋沖の海底パイプラインと違って内陸部にも支管を伸ばしやすく、廉価なエネルギーの利用により、一般事業者の製造工場等誘致を含め、敷設周辺地域の経済が活性化される可能性が高いことが見て取れる。
日ロ間のパイプライン敷設で何が変わるか
現在、日本が海外から輸入している天然ガスはすべてLNG(液化天然ガス)である。しかしながら、天然ガスを液化して輸送できる形態にするためには、天然ガスを約-162℃にまで冷やして、その状態を維持しなければならず、以下のような費用が発生する。
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-
- 天然ガス産出地で行われる液化費用
- 液化施設の維持費用
- 液体(-162度を保つ)のまま行われる輸送の費用
- 長距離輸送の場合の10%前後の輸送時ロス(気化して消失)
- LNG貯蔵施設の維持費用
- 日本国内での再気化費用
- 日本国内の気化施設の建設・運用費用
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露・コメルサントの2017年3月の記事によると、これらを含んだLNGの輸送価格は、一般の消費者に届くまでにMMBtuあたり5米ドルを負担しなければならないが、パイプラインでの輸送なら2米ドルで済むとのことである。世界で最も多くの天然ガスを輸入している国の一つでもある日本は、最大でLNGの1/2.5の価格の輸送費負担でガスを仕入れられるようになるとの期待がある。
日ロ間をむすぶ天然ガスのパイプラインが敷設され、天然ガスの仕入価格が低くなることで、以下のような効果があるものと考えられる。
1:光熱費の廉価化
天然ガスを利用した火力発電所での発電コスト、並びに、都市ガス販売事業者の原材料の仕入価格が低減されることで、一般家庭や産業用の電気料金・ガス料金の低減要因となり得、企業の競争力の強化、産業の活性化、地域の活性化につながる可能性がある。
これらのことから、電力・ガスの自由化の流れと、それに伴う分散型エネルギー社会の進展速度が一層増すものと考えられる。
2:高度利用コストの廉価化
GTL(Gas to Liquid)等の天然ガス高度利用技術の進展により、天然ガスからメタノール、アンモニア、DMEをはじめ、ナフサ、重油、軽油等の製造が可能である。
廉価な天然ガスを使うことにより、化学製品の製造コストの低減がはかられることで、事業者の収益性が向上する。わが国としては、化学系事業者の製造地の日本回帰に伴う雇用や税収の増加などの可能性に期待したい。
3:価格交渉力の向上
ロシアから廉価なガスを輸入できる環境があることにより、オーストラリアやマレーシア、カタールなどの他の既存LNG輸出国との価格交渉力が増し、結果として、現在よりも安くLNGを購入できる余地が生まれる。
4:二国間関係の向上
天然ガスの二国間売買という経済交流のもと、日本とロシアを物理的に結ぶことにより、二国間関係のさらなる良化がはかられる。両国にとって有益な経済上の関係、また、東アジア地域の安定という安全保障上の関係を維持・発展させることができる。
5:国土の強靭化
LNG(液化天然ガス)とPNG(パイプラインを流れる、熱量調整されていない天然ガス)との関係は、「点と線」と言い表されている。日ロ間の天然ガスパイプライン敷設に伴い、他国に比べてパイプライン未整備地域が多い日本のインフラ開発が促進されるものと考えられる。これによって、より効率的なエネルギーの輸送が可能になる。
また、東北地方太平洋沖地震発生後、仙台市ガス局のパイプライン設備は、他のインフラと比べても早期に復旧できたことから、パイプラインが災害に強いインフラであることが周知の事実となった。大がかりなパイプラインの敷設プロジェクトは、事前復興やレジリエンス(=何らかの災害によるインフラへの被害に対する回復・復旧力、いかに日常生活を早く取り戻せるようなインフラ環境を事前に整備できるかを意味する)をより身近なものとして考えるきっかけとすることができる。
インターネット上で見られる本件情報について
『日露天然ガスパイプラインプロジェクト』について、正確性に疑問のある情報、もしくは、想像のみで書かれている情報が多く見られるため、これらについても考えてみる。
1:税金によるパイプライン敷設
インターネット上で見られる内容であるが、日ロ間の天然ガスパイプラインを税金によって敷設するとの情報の根拠になるようなものは見当たらない。一方で、日本パイプライン株式会社のウェブサイトを参照すると、当プロジェクトは民間事業者の資金拠出と金融機関からの借入により実施することが可能である旨の記述を確認できる。
海外の国際パイプライン敷設プロジェクトの事例を見ると、関係事業者が資金を出し合って各々が利用するパイプラインを共同で敷設し、国は政府間合意を通してその許諾を与える、というケースがほとんどである。
大手のコンサルティング会社やエンジニアリング会社の試算では、当プロジェクトのパイプライン建設コストは、様々な前提条件によって異なるものの、おおむね約7000億円とされている。仮に、自己資本3割(約2100億円) / 借入金7割(約4900億円)で事業を行おうと考えた場合、需要の聞き取りをベースにした収支予測と、それに基づく借入金の返済計画が明確であれば、日本の大手企業が1社単独ででも実施できるような内容である。
また、国際パイプラインの敷設は公益的な性質を帯びてはいるが、基本的には民間の商取引を行うためのインフラ投資であることなどから、補助的なものは可能性としてあり得たとしても、そもそも敷設費用全額を税金でまかなうかのような話は、可能性としては低いと考えるのが妥当である。
2:政治的パイプライン閉栓の恐れ
結論から述べると、極東で米ロ間の武力衝突が起こるような事態に陥る場合等の外部要因を除き、実際にパイプラインが敷設され、ガスの取引が始まった後、政治問題で日ロ間のガス輸送が止まるような状況になるとは考えづらい。
本件はロシア・ウクライナ間の問題や「サハリン2」というキーワードと絡めて語られることが多いが、ウクライナ向けのガス輸送が止められたことに関して言えば、その主な原因はガス料金の不払いによるものである。もちろん、日本の需要サイドがガス料金を支払わなければ、ガスは止められるであろうことは想像に難くない。
ロシア側からの政治的パイプライン閉栓の可能性に関しては、別の機会に本会ウェブサイト上のコラムにて解説を試みたいが、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC) 調査部・本村 真澄 主席研究員が、いわゆるウクライナ問題について公平且つわかりやすい解説をされているので、基本はそちらをご参照願いたい。(サハリン2についても同氏の解説がわかりやすい)
※ 以下、いずれも外部リンク
また、エネルギーセキュリティーについての批判もあるが、
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- もしもの場合、国外の天然ガスの調達先はロシアのみではないこと
- 日本は西側諸国と協調して対ロ経済制裁に参加しているが、そうした状況であっても、ロシアからのLNG対日輸出は止まっていないこと(ドイツやフランス向けも止まっていない。現状の経済制裁程度では、ガスの輸出は止まらないということ)
- 露・ガスプロムと墺・OMVは2018年に取引関係50周年を迎え、その間、ガスの供給は止まっていないことから、商取引の相手としての信頼性を評価できること
- ノルド・ストリームの出資事例から、露・ガスプロムの日露天然ガスパイプラインプロジェクトへの資本参加の可能性が考えられ、仮に資本参加となった場合、自社にとってマイナスとなることは軽々にはしないと考えられること
- 特に経済と安全保障の面で、政治的パイプライン閉栓による日ロ間の信頼性棄損は、両国どちらにとっても大きなマイナスでしかないこと
以上のようなことから、政治問題を理由にガス輸送が止まるとは考えづらいものと推察する。
3:天然ガスの供給源
2017年5月、日本のWEBメディア上にて、「露コメルサント紙報道に基づき」との前置きの後、天然ガス供給源としてのサハリン3は、探鉱・開発について実質停止状態、もしくは、鉱区によっては開発自体未定であるため、実際のガス供給ができない話は絵空事である、といった旨の記述がなされている。
しかしながら、日本パイプライン株式会社のウェブサイトでは、以前より供給源を「サハリン3等」としている。また、2017年3月の露・コメルサントの記事を引用すると、実際には以下のような記述であった。
Сырьевой базой, говорится в документе, должны стать ближайшие к Японии месторождения проекта “Газпрома” “Сахалин-3” (запасы около 1,4 трлн кубометров), которых хватит более чем на 50 лет экспорта трубопроводного газа. Правда, сама монополия планировала обеспечивать этим газом третью очередь своего СПГ-завода “Сахалин-2”. Также в качестве источника газа японцы указывают Восточную Сибирь с запасами 3,2 трлн кубометров, “Сахалин-1” (500 млрд кубометров), о закупках с которого монополия не может договориться долгие годы, и другие проекты на шельфе Сахалина и в Охотском море.
翻訳文:
資料によると、輸入される天然ガスは、日本から最も近いガスプロムのサハリン-3(埋蔵量 約1.4兆立米)からの供給が主とされている。天然ガスを50年以上供給するに足る供給源である。実際、LNGプラントのサハリン-2の第3フェーズでの利用も計画されている。また、ガスの供給源として、日本サイドは3.2兆立米の埋蔵が確認されている東シベリアや、政府が長年承認してこなかったサハリン-1、また、他のサハリン周辺やオホーツク海のプロジェクトも候補として挙げている。
以上のように、露・コメルサントの記事を読んでも、ガスの供給源がサハリン3に限定されているわけではないことがわかる。
4:ガス需要について
需要家が明確になっていないため、実現性に疑問があるとの記述が見られるが、国家的規模のプロジェクト実現に向けて交渉等々が行われている最中、関係する事業者が、自社の取引先候補を事前に一般公開するのは、事例としてはまれであると考える。
パイプライン敷設プロジェクトの実現は、対として需要家がセットになっているものと見るべきなのは、海外のパイプライン敷設プロジェクトを見ても明らかである。しかしながら、両国の政府間合意がなされなければ、仮に需要があったとしても実施は困難であることは言うまでもない。
その他
プロジェクトの経過
経過情報は、日本パイプライン株式会社のウェブサイト並びに本会の新着情報で時系列に取り上げているWEBメディアの掲載記事等を参照のこと。
サハリンの天然ガス(LNG)の平均構成(2018年値)
窒素:0.07%
メタン:92.53%
エタン:4.47%
プロパン:1.97%
ブタン+その他:0.95%
総発熱量:43.30MJ/N㎥
ウォッベ指数:55.43MJ/N㎥
記載内容の主な参照元
日本パイプライン株式会社
Russia Beyond
Kommersant
Sputnik
経済産業省
国土交通省
仙台市ガス局
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構
独立行政法人 経済産業研究所
公益財団法人 環日本海経済研究所
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